ペンドの思索

無意味な文字の羅列

はげを馬鹿にしても侮辱しても貶しても許される社会

豊田議員の暴言で笑いが起きている。

その話を聞くたびにどれだけ私が傷ついたか。

傷ついた方が悪いのか。

はてなでさえも、その差別性を話題にしない。

 

感動ポルノという言葉がある。

障害を可哀そうと思うことは良くない、と昨年話題になった。

乙武がテレビで障害の自虐ネタをした。

 

自虐ネタをする人が増えれば

障害者自体を馬鹿にする人が増える。

今は公には言わないが、そのうち公の場で馬鹿にしはじめる。

障害を馬鹿にすることが公に許される社会になる

 

私は髪が薄いことでずっと馬鹿にされてきた。

中学の頃から。

じゃあカツラを被れば、と言うかもしれない。

しかし、そういう話ではない。

はげを馬鹿にしてはいけないという、ルールが社会に存在しないのが

悲しいと言っているのだ。

 

あの話題が持ち上がる度に

必ず笑いが含まれている。

 

「はげます会」という団体がある。

笑いに変えられない私が悪いのか。

私の心が狭いのか、私の心が弱いのか。

だとしたら、差別はこの世からなくなる。

傷ついた方が悪いというのがまかり通るなら、いじめなんてなくなる。

 

感動ポルノをなくした世界がどうなるか

馬鹿にされたくない人が、馬鹿にされないで済むとでも思っているのか。

 

まぁいいさ。

俺だけ苦しむのは癪だからな。

地獄に落ちるなら、なるべく多くの人間を巻き込んでやりたい。

笑った奴の頭から硫酸をかけてやりたいと思っている。

 

私がリベラルであるのも

フェミニストであるのも

反差別であるのも

人権派であるのも

いじめ撲滅を願っているのも

 

ただ、この実体験から沸き上がった怒りである。

しかしながら、その根源が未だに何も解消されていない。

いっそリベラルなんぞ辞めてやろうかとさ思う。

 

まぁ、辞めれないけどね。

ただ、また人を信じることが難しくなったと思う。

 

例えポリコレ棍棒だと言われようとも

俺は人を侮辱する自由なんて認めない。