ペンドの思索

無意味な文字の羅列

批判を受け入れる必要はあるのか

ネットの意見が偏ってたっていいじゃないですか。彼らはそれで満足しているんです。幸せなんです。幸せな人に向かってお前の考えは間違っている、と喧嘩を売っても誰も幸せになりません。彼らは幸せなのです。僕が干渉すべきじゃないのです。ホッテントリを読むのに疲れました。2chまとめサイトを呼んでいるような感じになりました。実際、時々まとめサイトがランクインすることもあります。おそらくユーザー層が被っているのだと思います。まとめサイトはてなユーザーは層は違いますが、結局は週刊誌やワイドショーを見て、芸能人や政治家批判をしているのと同じ構造だと思います。批判するのが好きな人しか利用できないようになっています。毎日、毎日、膨大な批判を見続けてきて、と言ってもはてなの利用開始は半年ぐらいですが、だんだんと疲れてきました。最初は物珍しさで続いていました。ブコメをするとスターがつくので嬉しくて続いていました。そのうちもっとスターを貰えるように頑張り始めて、そのうち何やってるんだと、急に冷めてきて現在に至ります。不特定多数の意見が好きでした。その中に自分の意見を混ぜていました。でも、それでは何も身につきませんでした。ただ自分がなくなっていくだけでした。これからは個人として発言して、個人の意見に耳を傾けようと思います。自分の好きなブログだけを見て楽しめばいいのです。好きなブログでも、興味のない記事や今まで知らなかったことは発見できます。ひとつのテーマの本を30冊読むブログのブコメがひどいです。1年前のホッテントリを見ていました。この記事は勉強法の一冊目の記事です。勉強法についてこれから勉強するという人を批判してどうするのでしょうか。英語が苦手な人が中学英語からやり直そうとしている時に、中学英語は仕事で役に立たない、そんなの無駄と非難するようなものです。ブコメとはこういう場所なんです。見るのはいいけど、流されて自分も他人を否定しないようにしたいです。「考えが浅い」「発想が平凡」なのは、"考えるステップ"を実践していないから - 僭越ながら【1テーマの本を30冊読んで勉強するブログ】毎日ホッテントリを見て批判記事を探しているような気がする。その度にはてなは批判記事ばっかりだと憤慨しているような気がする。同じような怒りを君も感じてる?見なきゃいいなんて言葉が絵空事に聞こえる淋しさを。もう辞めます。何度ホッテントリを見ないって決意すれば気が済むんですか。いくら良記事があるからってその何倍も悪影響があるんですから、見ちゃだめです。自分の好きなブログを巡回する方がよほど意味があると思います。人はなぜ怒ってしまうのでしょう。僕らは批判が当然、存在するものと思って生きる必要があります。僕だって自分に無関係のものに腹を立てて無駄な時間を過ごすことはあります。批判する人を批判しても無意味です。気にしないこと。でも僕は見てしまいました。そしてこんなブログを書いています。落ち着こうという理性と反論したい衝動。しかし、ここで僕が怒っても反論しても仕方ないのです。そうは思いつつも批判する人を無視出来ずにいます。ホッテントリを見ないというのも一つの手段です。実社会では嫌なものを見かけたら全部避けるというのは、難しいです。どうしても嫌なものは避けるべきですが、ある程度は見てしまうのも覚悟しないといけないのです。ホッテントリを読み始めてから無意味なブクマをするようになりました。保存するためではなく、コメントをするために。まるで2ちゃんねるを使うかのように、上から目線で偉そうにコメントしていました。そういうのが嫌になったから2ちゃんもまとめサイトも使うのをやめたのに。どうやらこれが僕の浅ましい性格のようです。はてブからpocketに移し変えました。。今まではてなブックマークにはお世話になってきました。スターが貰えて嬉しかったこと。炎上している記事にドヤ顔で書き込んだこと。読みもしないのにブクマしたこと。どれも皆楽しい想い出です。この度、私はpocketを利用することになりました。SNSではなくSBMとして使っていきたいと思います。最近ずっと考えていたことがあります。ブコメを見る必要性はあるのかと。構造としてまとめサイトを見ているのと同じです。媒体が変わっただけ。私はこのまま今の環境に甘んじてはいけないように感じたのです。自分の考えを文章にするためにブログを書いているのに、ブコメを見てしまうと結局他人の意見にフリーライドしているだけです。ここは難しい所で他人の意見を見ることで視点は増えるわけですから、メリットも十分にあります。でも、私は自分と同じ意見しか見ていないように思います。

 

chikirin氏がなんで批判されているのかをちょっと好奇心で調べてみた。間違ったことを書いているかららしい。あとコメント欄を閉じているから。間違ったことを書くのは悪いことなのだろうか。welqはなんで問題になったのか?間違っているから?それともコピペだから?でもchikirin氏は個人ブログだし、間違いだってあるだろう。間違いがあるかも、とは氏のブログにも書いてある。間違いがあってもいいと思う。chikirinの日記が検索上位にランクインしてデマを拡散している訳でもないし。というか、デマを拡散しているサイトはもっとたくさんあるけど、現状は放置されている。というか、対応する法律は存在するのだろうか?間違いを指摘してくれる人だけのコメントを見るのは難しい。そのコメントを見るために、余計なコメントまで見なくてはいけなくなる。それならいっそ、最初に「情報の正確性は担保しない」と宣言しておいた方が楽だ。というか、批判を甘んじて受け入れろ、という人は自分も批判を受け入れているのだろうか。批判というのは限りがないので、全部受け入れ続けると、自分が無くなってしまうように思うのだけれども、彼らはネット民の奴隷として生きる覚悟があるのだろうか?