ペンドの思索

無意味な文字の羅列

「結婚しない恋愛しない生き方」についての考察

アナと雪の女王のエルサを同性愛者に、という運動もあったけど、恋愛しないという自由を侵害してない?そりゃ、恋愛しないから犯罪っていう国はないし、同性愛者のように酷い差別を受けることはない。でも、パートナーがいるのが当たり前というのも、おかしい。この運動を否定したい訳じゃないけど、結婚しないという権利もあると主張したい。なんか、おかしくなった。結婚について書くつもりだったけど、余計なことを書いたかもしれない。結婚はしなくていい。結婚しない権利がある。と、思っている。少子化も問題ないと思う。少子化社会保障費の負担が大きくなるって言うけど、それは他の経済政策で賄えばいい。少子化は放置してもいいと思う。嘘。結婚しなくていいという結論を支えるためにこじつけただけ。それでも、少子化は問題ないという意見が完全に間違っているとは思わない。もちろん世代間格差等色々な問題は存在するけど、子どもを産む以外にも解決策はある。結婚しないでも平気な社会にしたい。今もそうなりつつあるけど、それでもまだ足りないと思う。結婚しないことに後ろめたさを感じてない?ここで言う結婚は恋愛も含むから。彼女いるけど、まだ遊びたいから結婚しないというのは許さない。そういう人を擁護したいわけじゃない。今現在、誰とも付き合っていない人を擁護しているのです。これは僕が子供の頃、といっても中学か高校の時だけれども、愛とは何か、結婚とは何かを考えていた。異性だから好きになるのか、それとも好きになった人が異性なのか。たぶんこれは前者だと思う。もし、メールだけでやり取りしていたら男か女か分からない。私ははてなブログをいくつか拝読しています。その中で男性が書いていると思っていたら女性だったり、女性が書いていると思っていたら男性だったりするブログがありました。このブログだって、本当は女子高生が書いているかもしれません。以前、2ちゃんねるでこんな書き込みを見ました。

2次元だから好きになったのではなく

好きになった人が2次元だった。

 こういう人も中にはいるでしょう。しかし、多くの人は最初に属性を決めてから好きになっているように思います。

彼女が欲しいというのはおかしい。

彼女にしたい、といのなら正しい。 

こんな書き込みも見たことがあります。誰でもいいから付き合いたいというのは、恋に恋しているだけです。世間体と結婚する必要はないと思います。周りが結婚しているから、自分も結婚しなきゃいけないなんてことはないと思います。好きになったら結婚すればいいし、好きにならなかったら結婚しなきゃいいんです。もっと言えば、一緒に暮らすのに燃えるような恋愛は不要です。友達同士で住んでもいいと思うのです。一緒に住んだら楽しいだろうな、という友達がいました。でも、一緒に住もうとは言いません。なんか変じゃないですか。告白しているみたいで。僕は住居が一緒だったら楽しいと思っただけで、恋愛感情があったわけではないのです。もちろん、理由をあれこれ考えれば良かったのかもしれませんがその時は考えただけで終わりました。この本に

シェアハウスしてたら、正直、結婚しなくてもいいんじゃない?

この暮らしを続けてたら、婚期を逃すね

 という言葉でてくる。シェアハウスがもっと普及すれば、結婚する必然性もなくなると思う。結婚しなければならないという強迫観念は不要だ。もっと自由にライフスタイルを選べるようになって欲しい。ということで、例によってシェアハウスのステマ記事でした。

 

最近の記事は、昔の記事に感想を付け足している。今回も同様。少数派でも平気な人間がいる。いつも不思議に思う。乙武氏などは典型的な例で、彼は自分自身を障碍者だとは思っていなんじゃないだろうか。その一方で些細なこと傷つく人たちもいる。セロトニントランスポーターがSS型の人は不安を感じる、というブコメを見て安心したような絶望したような。生まれ持っての脳の違いがある。その中で明るく気丈に振舞うにはどうしたらいいのだろうか。ときどき傷ついた方が悪い、みたいな言説を言う人がいる。自分の責任回避のためだろうが、傷ついている人に対して更に追い打ちをかけるような言葉遣いは好きになれない。些細な言葉で傷ついた方が悪いのか。気にするな、と意味不明なアドバイスを送る人がいる。それが出来れば苦労しない。不可能なアドバイスをしないでほしい。傷つかない人間には、どんな言葉が問題なのかが理解できない。両者が歩み寄ることは非常に難しいように思う。私は私を傷つけたものを許さない。でも、それでは生きずらくなるだけだとも思う。勝手に傷ついた、などとは言われたくないが、客観的に見れば勝手に傷ついたのかも知れない。それでも私は壁ではなく卵に寄り添って生きていきたいと思う。