ペンドの思索

無意味な文字の羅列

「なぜ?」と問うこと自体が差別である。

タイトルはちょっと過激だけど、最近こう思う。

 

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なぜ?と問いを発した時

発信者は多数派(正しい側)にいて

問われる側が少数派(普通ではない)場合が多いのだろう。

あるいは権力の差か。

 

弁当の下りは煽り、だとコメントしている人がいる。

そう読めなくもない。

 

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そこまで思う人がいるかは分からないけれども

疑問を投げられるというのは、それ自体がプレッシャーなのだと思う。

 

主語を大きくしたらいけないって自分でも言ってるけど

敢えて大きくしてみると、多様性を許容しない社会だからこそ

自分の行動に疑問を持たれることに恐怖しているのかもしれない。

普通でないことは、悪である。みたいな。

(普通の日本人になりたい。)

 

あるいは皆、面接で疲れたのかも。

 

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文章だとどうしても煽りに見えるのかもしれない。

その上、手斧と棍棒を持った人もウロウロしている場所だから

批判されても仕方がない。

 

上から目線、自分に酔っているという辛辣なコメントもちらほら。

 

やっぱりこれは差別なんじゃないかな?

少数派というのは、こういうのを日常茶飯に受けているのだと思う。

「なぜあなたは私と違うの?どうして異常なの?」

 

例えば、ネットで友達がいないと言っていた人に

なんで友達がいないの?って聞いたら

攻撃されたと思ったらしく、酷く怒ったことがあった。

 

あるいは、飼っている犬が手術してエリザベスカラーをしていると

(犬が傷口を噛まないようにするアレ)

なんでそんなのしているんですか?って聞かれる。

毎日、毎日聞かれてうんざりした。

 

質問というのは、詰問になりうるのだと思う。