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ペンドラゴンの思索

市井の哲学、生きることは考えること

幼児期における母親への報告行動についての考察

このブログってアクセス数とかスターとかブクマとか

本当はそれほど気にしていない。

ゼロじゃない。

多少は気になる。

 

でも、これは子供が母親に学校で作った作品を自慢するような感じで

書き上げているのに近い。

特定の人に見てもらいたくて書いている。

不特定多数のアクセス数よりも、僕が認識できている人に向けて書いている。

 

ラブレターに似ているかなとも思ったが

愛情表現というよりは、今日の出来事を報告しているのに近い。

それはそれで愛情表現なのだろうけど、間接的ではある。

直接愛を伝えているわけではない。

 

あのね、あのね、今日はこういうことがあったんだ。

こういうことを考えたんだよ。

そいういうことを、このブログで書いているに過ぎない。

 

大人になるというのは、どういうことなんだろう。

自らの幼児性を隠匿するために小賢しい言葉を使い誤魔化すことだろうか。

それとも、みんなにわかるような、かんたんなことばを、つかったほうがいいのかな?

 

承認欲求はある。

でも、それは知らない人に承認されたいのではない。

お世辞で褒めてもらいたいのでもない。

真に理解してもらいたくて書いている。

 

伝わって欲しいと思いながらも

伝わらないかもしれないと思いながら書いている。

 

承認欲求と蔑まれようとも

この気持ちを伝えるために書き続けなければならない。

 

はてなスターは思い。

表示速度が遅くなる。

そんな理由でスターをはずす人がいる。

スターがついてないと気になるからはずす、それなら分かる。

遅いから外す、なんだそりゃ。

びっくりした。

 

近づきすぎず遠すぎず、それがはてなスターのいいところ。

否定も肯定もなく、ただ存在を認識してもらうだけ。

 

それで十分なのです。

ここはチラシの裏、僕の好きなことを書く場所。

でも、伝えたいことはある。

このブログが重いとすれば、その重さは僕の思いです。

 

表示が遅くても見てくれる人のためにこそ、僕は書こうと思う。

 

生きているだけで価値があると、誰かが言った。

このブログも更新するだけで、何か意味があるのだろうか。

 

自分の人生は無意味なんじゃないかという恐怖と隣り合わせの人生の中で

それでも、意味はあると、意味を創ろうとしてこのブログを書く。

 

ねぇ、聞いて。

ねぇ、聞いて。