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ペンドラゴンの思索

市井の哲学、生きることは考えること

学問とは、大学とは何か、何度目かの問い。(また、というか、まだ考えてますw)

学問ってなんだろう。

100分de名著を見ながら疑問に思う。

僕は、趣味でこの番組を見ている。

大学で勉強している人は、何?

趣味?

 

この間、たくさんの批判意見貰ったのに

何一つ解決していない。

大学を役立たせない人が悪い

みたいな意見があったけど

300を超えるブコメを貰って

納得できない僕が悪いのかな?

 

100分de名著の哲学とか宗教の回は

すごく面白いけど、仕事で何の役に立つのだろう?

いや、そういう学問があるからこの番組が成り立っているので

役に立っているのだろうけど。

 

数学が何の役に立つか、と数学教師に聞いて

私は数学で飯が食えています、って答えが返ってきたって話を思い出す。

それで納得する人もいるかもしれないけれど

僕は納得しない。

 

そもそも、そういう質問って

「私が」数学を勉強する意味を聞いているのだ。

数学がいかに社会の役に立つか、とか

どういう人が数学で生計を立てているか、とか

そんなことを聞きたい訳じゃない。

 

僕にとって哲学もポケモンも同じだと思う。

だから、大学でポケモンについて教えてもいいんじゃないかって思う。

もちろん、任天堂に就職すれば役に立つし

(役に立たないかもしれないけれど)

ブコメで役に立ちます、ってコメントされると思う。

でも、それって趣味じゃん。

 

高い金払って大学に行く意味は何?

そもそも大学の存在意義は何?

 

学問より、実学に重きを置いた大学生活で、ぼくが学んだこと - mimizunoBlog

しかし、友達に聞くと「大学の勉強はつまんないよ」とか、「大学は人生の夏休みだから、ちゃんと遊んだ方がいいよ」と言われた。また、大学入学時、ぼくは経済学部だが、学部長が生徒全員に「経済学は役に立つかとよく聞かれますが、はじめに言っておくと役に立ちません。ですが、学問を通して考えることが大事です」と言っていたから、何のために勉強するんだろうと悩んだ。

 

いつものように、はてなブログ内で検索して

気になった記事を引用してみる。

経済学部の学部長が、役に立たないって言うのって

どうなんだろう?

大学じゃなくても学べるのなら、大学じゃなくてもいいじゃん。

これって、本当に間違った考えなの?

ブコメで袋叩きにあったけど、全然納得できない。

 

学問は面白いよ。

でも、大学って必要なのか分からない。

 

d.hatena.ne.jp

 

この人の言ってることには、同意する。

なのに、僕は大学いらない派。

不思議!

 

「勉強が役立つか否か」という問題を考えるときに、それを「将来従事するであろう仕事の内容と直接関係あるか」という問いに置き換えてしまうのは、「試験を目的とする勉強」を十年近く行って形成されたバランスの悪い勉強観に基づく、有害な間違いではないでしょうか。

 

 例え受験や仕事で使わないとしても、勉強をすることにはなお大きなメリットがあります。まず、何かの学問を体系的に学ぶことで身につく、基礎的な論理力や問題解決力、ものを考える際の方法論は、仕事に限らず日常のあらゆる意思決定や活動に役立つでしょう。また、勉強による視野や可能な選択肢の広がりは、「幸せに、生きたいように生きる」という、より上位の目的に貢献します。

 

現実的に考えて、働きながら勉強するのは不可能なんだろう。

勉強は勉強で、まとめて学生時代にやったほうが効率がいい。

なら、高校までやってしまえばいい。

既存の教育システムに組み込むんじゃなくて

窓際のトットちゃんに出てくるトモエ学園みたいな学校なら

きっと楽しく学べると思う。

 

トットちゃんは売ってしまったので、非属の才能から引用する。

転校先は、電車の車両を利用した「トモエ学園」だった。

小林宗作校長の教育理念は、「子供たちの生まれつき持っている素質を、どうまわりの大人たちが損なわないで大きくしてやれるか」。

そのため、授業スタイルは、黒板に書かれた科目のなかから子供が好きなものを選んで勝手にはじめるという、実にユニークなものであった。作文が好きな子は作文を書きはじめ、化学が好きな子はアルコールランプに火をつける。

教師には生徒の興味が一目瞭然で、効率もよく、午前中ですべての授業が終わってしまうから、午後はたいてい散歩になった。教師は菜の花が咲いていると足を止め、おしべとめしべの説明をはじめる。散歩が理科や歴史の勉強になっていることに、子供たちは気づいていなかった。

非属の才能 (光文社新書)

 

ちなみにトットちゃんは、前の小学校を辞めさせられています。

授業中に静かにできないから。

今でいえば、注意欠陥・多動性障害と診断されたかもしれません。

というか、これ戦前の話です。

黒柳徹子さんの子供の頃に、こんな学校があったなんて信じられません。

トモエ学園をモデルにした学校もあるにはありますが

出来れば、公立で取り入れてもらいたいと思います。

 

学問は大切ですし、読書も大事です。

でも、大学に行かずに学問をしなかった人間は不完全か

と聞かれるとそうではないと思います。

「幸福」になる手段の一つであって、絶対視はしたくないです。

それこそ、低学歴を見下す人になって欲しくないです。

大学に行ってしまったがゆえに、高卒の人を馬鹿にするなら

それこそ、今すぐ大学は消滅した方がいいです。

 

あと、高卒でも幸福な人がいれば

大卒でも不幸な人もいます。

当然ですが。

 

無知の知という言葉があります。

ソクラテスの考えです。

 

無知の知の意味とは?このソクラテスの名言が伝えるもの | KENブログ

ソクラテスが出した結論は、こうでした。彼らは、私と同じだ、善美について知らない。 ただ、彼らはそれを知らないのに知っているつもりでいる、私は知っているとは思っていない。そこが、違いだ。この違いがある分、ソクラテスの方が、まだ知恵があるというのです。さて、ここで、『 善美( kalon kagathon )』という聞きなれない言葉が出てきました。ソクラテスは、知恵のある者の条件として、この善美を知っているか、ということを掲げています。善美とは、見た目の美しさだけでなく、倫理的・道徳的な美しさの意味を含みます。日本語に単純に置き換えるなら、「 徳 」 になります。

 

町で偉いとされている人に会いに行ったソクラテス

しかし、彼が優れているのは彼の得意分野だけで、それ以外は素人でした。

にも関わらず、全てを知っているかのように振る舞う傲慢さを見て

ソクラテスは知ったかぶりする奴より、俺の方がマシだと思ったのでした。

 

学問が幸福になる手段であるなら、尚の事、義務教育の内に教えるべきだと思う。

難しい本は読めないかもしれないけれど、教えれば概念は理解できるはず。

18歳まで義務教育として考えるなら、色々と出来ることは多いと思う。

大学に行ける人だけが、幸福になれるのでは

あまりにも悲しすぎる。

 

今の小学校、中学校、高校、大学を元に教育を考えるのではなく

イチから、いやゼロから、考え直していきたい。

最終的に現実的な妥協案になるとしても、その根幹だけは大事にしないといけない。

 

100分de名著で、苦海浄土の回を思い出します。

この本は水俣病患者がテーマです。

解説してくれた若松英輔さんの言葉が印象的でした。

うろ覚えで書きます。

「私たちは、幸福とは何かを考えることもなく

 幸福と言われているものに向かって突き進んできた。」

工業化が幸福だと思い込み、

それだけに突き進んできた現代に疑問を投げかける言葉だと思います。

 

工業以外にも当てはまるように思います。

いい学校にいって、いい会社に入って、結婚して、子供を育てて

そういう幸せのテンプレートがあって

それ以外を幸せと認めようとしてこなったのだと思います。

 

お金は必要です。

就職するために、高学歴が必要なのも事実です。

 

でも、今一度

幸福な社会を創る方法を、考えるべきだと思います。

 

こども「学問のすすめ」

こども「学問のすすめ」

 

いつも、記事の最後にamazonリンクを貼ってるけど

読んだことがないのが、ほとんど。

サムネイル用だから、適当です。