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ペンドラゴンの思索

市井の哲学、生きることは考えること

身近な哲学、勉強することの意味

学問教育学が必要だと思います。なぜ勉強するのかという問いに答えるための学問です。もちろん義務教育で教えます。哲学をベースにして歴史や社会などの解説をしながら学校の存在意義やなぜ親が勉強させたがるのかを考察します。最後に自分のキャリアプランを作ります。無計画に生きるのも許容します。この学問を体系的にしたいです。

 

学問教育学、学問学。僕の考えた造語です。学校とは学問とは教育とは何かを考える授業です。学校が自らの存在意義を問う活気的な授業です。この科目によって学校の在り方が試されます。一律の正解はありません。哲学だから必要ないのです。多様な価値観を見出すための授業です。

 

なぜ勉強しなきゃいけないか分からない人が多いと思います。そして親も教師も答えられません。なぜなら唯一の回答があるわけではないからです。哲学的な問いに対する答えは納得解でしかありません。自分が納得できるかどうか、それが大事です。納得できる答えが見つかるまで考えればいいのです。

 

もちろん勉強したくない言い訳として、なぜ勉強しなきゃいけないのか、と文句を言ってるだけかもしれません。それでも誠実に答える必要があります。民主主義の基本は議論にあります。そういう意味では日本は民主主義ではないのかもしれません。疑問があるならとことんまで質問しましょう。

 

僕は勉強する必要はないと思います。大人になって働いて勉強する意味を見出したなら勉強すればいいし、学問ではなく資格の勉強がしたいならすればいいし、何も学問だけが勉強じゃないです。人間関係や仕事について学ぶのも勉強です。そういう意味では人生は勉強することとも言えます。ブログを書くのも勉強かもしれないです。ホッテントリーを読むのも勉強かもしれないです。

 

趣味と学問の違いは何でしょうか。社会の役に立つか立たないかでしょうか。でも社会の役に立たない学問もあると思います。大人も子供もいつでも勉強できる環境が必要です。勉強することは楽しいことだと理解できれば、勉強人口が増えれば、国民の学力も底上げされると思います。。

 

スポーツだって人口を増やそうとしています。大学ランキングの上位に日本の大学を入れる努力をするぐらいなら勉強のインフラを整えたほうがいいです。大学も授業ごとに切り売りすればいい通信教育も増やせばいいです。どこの大学で学んだかではなく、何を学んだかを重視すればいいです。学歴が収入を担保する時代は終わりです。企業の面接も社内教育も次の段階に移行していって欲しいです。もっと理性的で論理的な世界になって欲しいです。

 

哲学の本は2冊しか持っていないと言ったな、あれは嘘だ。というか、すっかり忘れていました。勉強するのは何のため?という、この本も哲学の本です。教育論というより哲学と思って読んでください。もう一冊、「尾木ママ、どうして勉強しなきゃいけないの?」という本は完全に教育論です。哲学と言えば、アドラー心理学も哲学よりですね。「嫌われる勇気」や「アドラー心理学入門」も哲学とカテゴライズしても良いと思います。

 

勉強するのは何のため?―僕らの「答え」のつくり方