読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ペンドラゴンの思索

市井の哲学、生きることは考えること

勉強を好きになるには得意になること。

私は勉強ができません。馬鹿という意味ではなく、努力ができないという意味です。まぁ馬鹿でもあるんですけど。とにかく、勉強が嫌いでした。学校の授業は好きだけど家で勉強するのは嫌いでした。かといって塾に行って新しい人間関係を構築するのは嫌だったので、結局勉強はできないままでした。

 

今にして思えば、学校の授業をビデオで録画して家でそれを再生すれば、家でも学校の授業を復習できていいなぁと思います。学校にビデオカメラを設置できるように許可を取るのは大変そうです。自分の子供のクラスだけなら自分で出費してもいいと思えるし、そのクラスの子供には、その動画を見せてあげてもいいと思うが、他のクラスにカメラをつけたり、すると個人では無理があるし、国の予算で学校にカメラを付けるとは思えません。どうでもいい話です。

 

勉強が得意だけど嫌い、という人はいるのでしょうか。人間関係に疲れて学校が嫌いになった、でも勉強は好きという人はいるかもしれません。が、それは学校が嫌いなだけで勉強が嫌いな訳じゃないのです。勉強に飽きるということも考えられます。僕も飽きたゲームはあります。が嫌いになったわけじゃありません。たまに思い出すとそのゲームで遊んだりします。すぐに飽きますが、嫌いになったわけじゃありません。飽きたゲームをやらされたら嫌いになるかもしれません。

 

勉強が苦手だから嫌いになるのではないかと思います。もちろん勉強が苦手だけど好きという人もいます。僕はギターが下手だし練習も楽しくありません。でもギターが下手でも練習が楽しい人もいます。その人は目標設定が上手なのだろう、何年たっても上達しなかったらきっと誰でも嫌になるはずです。勉強もできるようになれば好きになると思います。出来ないから分からないから嫌いなのだと思います。

 

ゲームは初心者を飽きさせないようにうまく作られています。最初はレベルがガンガン上がります。最近のソシャゲなんかはものすごい速さでレベルが上がります。昔のゲームでも、最初はレベルが上がりやすくなっています。上達している感が大切なのです。勉強も自分は勉強が出来ると思うことが、勉強を好きになる方法だと思います。

 

勉強が得意という人はどう思っているのでしょうか。クラスの中で1番だから得意なのでしょうか。高校で成績優秀でも大学で自分と同じような学力の人がたくさんいると挫折する、という話を聞いたことがあります。その人の中では勉強が得意じゃなくなったから挫折したのでしょう。ということは、得意というのは他人と比べての相対的なものなのでしょうか。

 

他人と比べるのは非常に危険な要素があるので、出来れば上達している感をうまく身に着けることで勉強のモチベーションを維持していきたいものです。

 

勉強するのは何のため?―僕らの「答え」のつくり方

勉強するのは何のため?―僕らの「答え」のつくり方