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ペンドラゴンの思索

市井の哲学、生きることは考えること

会社員の誇りと起業家の魂 如何にして戦争が始まるか、あるいは間の抜けた論争についての考察

むかし むかし あるところに

サラリーマン国とフリーランス国がありました。

それぞれの国民は自分たちの国を誇りに思って暮らしていました。

 

ところが、ある日

サラリーマン国の青年がフリーランス国に亡命しました。

青年は言います。

「サラリーマン国には自由がない。」

 

それを聞いたフリーランス国は、サラリーマン国に呼びかけます。

「貧しい民を虐げ、搾取するのは辞めなさい。」

 

そして、フリーランス国はサラリーマン国の国民に呼びかけます。

「私達の国に来なさい。私達はあなた達を歓迎します。」

 

サラリーマン国の国民の中には青年と同じように考えていた者もいました。

彼らはこぞって、フリーランス国に亡命しはじめました。

そして、フリーランス国は世界で一番幸福な国になりました。

 

しかし、フリーランス国の中に、疑問を持つ青年が現れます。

「自由があるとお前たちは言うけれど、それは勝者だけではないか」

青年は叫びます。

「敗者は野垂れ死ぬだけだ。こんな国は嫌だ。」

 

その青年はサラリーマン国に亡命します。

サラリーマン国は、嘘で塗り固められたフリーランス国を真実を知ります。

「自由を得るのは極一部のみ。敗者は死んでしまう。」

サラリーマン国は誇りを取り戻したのか如く、高らかに謳います。

 

「我々は全ての国民に安定した生活を保証する。」

多くのフリーランス国民は貧しい生活を余儀なくされていました。

自己責任だと言われ誰も助けてくれません。

あまりの貧しさに耐えかねてサラリーマン国に亡命する者が

次々に現れました。

 

こうしてサラリーマン国とフリーランス国はいがみ合うようになったのです。

どちらの国にも幸せな国民はいます。

そして、どちらの国にも貧しい国民はいます。

真実から目を背けたまま二国は争い続けるのでした。

 

めでたし、めでたし。

 

まるでリベラルとネオリベのようになってきた。

リベラルは弱者や貧困層を救うことを目的としている。

ネオリベは逆に自由競争を正義としている。

 

リベラルは政府が自由を保証すべきだと考えるのに対して

ネオリベラルは、政府が自由を剥奪していると考えて

小さい政府(あるいは無政府)を望む。

 

大体、起業する人やフリーランスを選ぶ人は少数派だから

反骨精神がないとやっていけない。

それこそ「サラリーマンなんか糞食らえ」って感じ。

まぁでも、実際に言葉にしたら嫌われるわな。

 

www.ishidanohanashi.com

 

そして自分の意思もなく、レールに沿って生きることは間違いだということにようやく気づくことができました。

 

周りの人間もなにも考えてないんだなと思いました。

 

このまま、なにも考えずに生きてるような人たちと同じ人生を歩むなんてありえない。

 

しかし、これがヘイトスピーチかと言われると厳しいと思う。

もちろん、サラリーマンを見下したような考えがあるのは分かるが

考えているだけで批判しはじめるのは、横暴だと思う。

それこそポリコレ棍棒だろう。

 

サラリーマン フリーランス 批判 - Google 検索

 

恐らく、昔からサラリーマンとフリーランス

ネット上で争ってきたのだろう。

だから、ちょっとしたことで炎上する。

 

そこに理屈はない。

起業家はネットで起業宣言すれば叩かれることを覚悟しないといけない。

あるいは、コメントを無視するか。

ここは戦場なのだから。

 

兵士は戦場で何を見たのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ II-7)

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