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ペンドラゴンの思索

市井の哲学、生きることは考えること

子供を産むって何ですかね。

NHKクローズアップ現代+で「いきなり結婚族」が特集されていた。

その中で女性2人、男性7人でシェアハウスで暮らしている人が紹介されていました。

 

www.nhk.or.jp

 

つーか、公式サイトがかなり良くまとめられているので

番組見る必要もないぐらいです。

 

そこで、子供が欲しいので結婚したい

と発言がありました。

 

僕にとってはこの番組は衝撃的で

色々ツッコミどころ満載でしたが

やはりこの発言がとても新鮮で驚きでした。

 

子供を産むって何ですかね。

ということで、はてなブックマークで検索すると

かなりえげつないのが出てきました。

 

anond.hatelabo.jp

 

anond.hatelabo.jp

 

d.hatena.ne.jp

 

ブラックジャックによろしく」でダウン症の子供とその両親の話がある。

それを思い出させる。

手術をしないと赤ちゃんは死んでしまう。

でも、両親は賛同しない。手術の同意書にサインをしない。

そこで、その両親を説得するシーンは記憶に残っています。

 

「障害は個性だ。」

 

「障害はどこまで行っても障害だ。」

「音楽の才能のある子供を欲しがる親はいても、

 手足のない子供を欲しがる親はいない。」

 

子供を作るのはギャンブルです。

親のエゴです。

生まれてこなければ苦しむこともない。

 

どんな論理もこれを否定することはできない。

子供が不幸になったら、責任は親にある。

原因は親にある。

少なくとも今の私には否定できない。

 

アドラー心理学がいくら「生きてるだけで価値がある」と説いても

社会はそんなに優しくないし、甘くない。

同情はしてくれるでしょう。でも、それだけ。

同情では生きていけない。

 

ちなみに感動ポルノを定義した人も同じことを言っている。

一生懸命頑張って、他人を感動させて

それだけで階段がスロープになることはない、と。

感動するだけで、援助に結びついていないというのが

彼女の主張だったはず。

 

だからNHKのバリバラはミスリードだったんじゃないかなと

僕は思う。

もちろん感動されたくない、という人もいるだろう。

それは否定しない。

 

親の愛情があれば、それだけで生きていけるのだろうか。

分からない。

病気や障害というのは、当事者でなければ分からない。

同じ病気を経験した人でさえ、程度に差がある。

 

出産でも難産の人がいれば、安産の人もいる。

個人差個体差がある。

 

難病で苦しんでいる人に

考え方を変えれば幸せになれる、等とどうして言えようか。

心理学や宗教や哲学は、薬ではない。

肉体の痛みを和らげることはできない。

生活の不便を解消することはできない。

 

俺だって今でも

「ここで死んだ方が賢い選択なのではないか?」

と、つい考えてしまう。

 

でもね、それでも、やっぱり諦めきれない。

ここじゃないどこかに、あの丘の向こうに

期待しているから。

 

私の両親は彼らのエゴで私を産んだ。

私は子供を産むことを善いと考えている。

それがエゴで自己中心的で鬼畜の所業だとしても。

 

論理は通用しない。

ただ思うか思わないか。それだけ。

 

ただ、手足が動けて、自分で命を絶てるのなら

それは極めて幸運なことだと思う。

 

生まれてきたものは仕方がない。

でも、これから先、どうするかは自分で決めることが出来る。

死ぬか、生きるか。

 

人生の選択肢は親の手を離れて、自分自身に委ねられた。

僕は、まだ、もう少し生きてみようと思う。

まだこの世界でやってみたいことがあるから。

それが終わったら、長い眠りにつくことも考えてもいいと思う。

その用事がいつまで続くか分からない。

やり遂げる前に、寝落ちしてしまう可能性も十分にある。

 

 

なんでこの漫画の著者は、著作権を放棄したんだろうな。

放棄したのかな?自由に使うことを許可しただけで

著作権自体は放棄していないのかも。

フリー素材屋も、自由に使えるけど著作権は放棄していないもんね。

たぶん、そんな感じだろう。