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ペンドラゴンの思索

市井の哲学、生きることは考えること

もし、希望を見失いそうになったら、想像の翼を広げてみて

ナルシストや中二病という言葉がある。

自分の世界に入り込んでいる人間を揶揄する言葉である。

しかし、人は何かに熱中するときに自分の世界を持つ。

むしろ、自分の世界を持たずに生きることができるのか疑問である。

 

常識的に生きて

マナーを守り

他人に迷惑をかけないようにする。

そんなことは土台無理である。

顔がキモイ、そう思う人がいれば、その時点で詰みである。

 

現実を見ろ、いい大人が夢を見るなと人は言うかもしれない。

そうか、社会は戦場なんだ。

戦って戦って、そうやって皆生きているんだ。

 

一体、それのどこに憧れがあるのだろうか。

どこに生きる希望があるのだろうか。

それとも希望などなくても生きろと言うのだろうか。

それはもはや支配者の理論である。

 

それが正解だと言うのなら

自殺していったものことが賢者である。

この世界にもはや希望などないのだから。

 

他者に侵されない自分だけの世界を持つことが必要となる。

それをしている間は何もかも忘れられる、そういうものが必要だ。

 

しかし、そういうものは依存症を誘発する恐れがある。

それを防ぐために誰かと一緒にするのが良い。

ただし一緒に依存症になっては意味が無い。

引き際を理解している人を探す必要がある。

 

依存症の恐れがないものは、個人でどんどんやって構わない。

ただし、他人に見せないこと。

創作作品であれば、他人を招き入れることで

自己の世界が崩壊してしまう。

絶対に理解してくれる人以外はいれてはいけない。

原則、他人は進入禁止が良い。

 

最後に、それに対して罪悪感をもたないこと。

他人にバレたら笑われるだろということを考えないこと。

そんなことを考えたら意味が無い。

自分の世界を構築できていない。

途中も終わった後も、他人のことは考えない。

 

例え趣味を聞かれても、それのことは言ってはいけない。

質問されるかもしれないし、現物がある場合は提示を求められるかもしれない。

他人を招き入れることで、他人の反応を見てしまう。

 

もちろん本来は、他人の反応は無視するのが一番いい。

しかし、無視するのは存外に難しい。

故に他人を招き入れないことを厳重に守った方が良い。

 

 

もし、希望を見失いそうになったら、想像の翼を広げてみて