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ペンドラゴンの思索

市井の哲学、生きることは考えること

効率的に生きて、それでどうなるのだろう。 分からない。

wattoさんの数学の記事を見て思ったこと。

僕にはブログの記事できるようなことは何もない。

とは言っても、ブログは書いているので

記事を書くことはできる。

でも、一貫性というものはない。

あるのかも知れないけれど、自分ではないと思っている。

タグをつけるときに、毎回悩んで

結局、タグを付けないことにした。

このブログはアクセス数を集めることが目的ではないから

別に気にする必要はないのだけれども

それでも、自分はこういう者ですと一言で言い表せないのは

なんだか残念に思う。

 

僕という人間は、なんだか良く分からない物を

寄せ集めて作った良く分からない物から出来ている。

簡単に言えばガラクタである。

ガラクタはどこまでいってもガラクタなので

どうしようもないようにも思えてくる。

ポンコツの脳みそでは、やはり限界があるのだ。

一度リセットしてやり直した方が効率いいのかもしれない。

と、そこまで考えて効率とはいったい何なのか分からなくなってきた。

効率的に生きて、それでどうなるのだろう。

分からない。

 

メキシコの田舎町。海岸に小さなボートが停泊していた。
メキシコ人の漁師が小さな網に魚をとってきた。
その魚はなんとも生きがいい。それを見たアメリカ人旅行者は、
「すばらしい魚だね。どれくらいの時間、漁をしていたの」 と尋ねた。
すると漁師は
「そんなに長い時間じゃないよ」
と答えた。旅行者が
「もっと漁をしていたら、もっと魚が獲れたんだろうね。おしいなあ」
と言うと、
漁師は、自分と自分の家族が食べるにはこれで十分だと言った。
「それじゃあ、あまった時間でいったい何をするの」
と旅行者が聞くと、漁師は、
「日が高くなるまでゆっくり寝て、それから漁に出る。戻ってきたら子どもと遊んで、
女房とシエスタして。 夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、
歌をうたって…ああ、これでもう一日終わりだね」
すると旅行者はまじめな顔で漁師に向かってこう言った。
「ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人間として、
きみにアドバイスしよう。いいかい、きみは毎日、もっと長い時間、
漁をするべきだ。 それであまった魚は売る。
お金が貯まったら大きな漁船を買う。そうすると漁獲高は上がり、儲けも増える。
その儲けで漁船を2隻、3隻と増やしていくんだ。やがて大漁船団ができるまでね。
そうしたら仲介人に魚を売るのはやめだ。
自前の水産品加工工場を建てて、そこに魚を入れる。
その頃にはきみはこのちっぽけな村を出てメキソコシティに引っ越し、
ロサンゼルス、ニューヨークへと進出していくだろう。
きみはマンハッタンのオフィスビルから企業の指揮をとるんだ」
漁師は尋ねた。
「そうなるまでにどれくらいかかるのかね」
「20年、いやおそらく25年でそこまでいくね」
「それからどうなるの」
「それから? そのときは本当にすごいことになるよ」
と旅行者はにんまりと笑い、
「今度は株を売却して、きみは億万長者になるのさ」
「それで?」
「そうしたら引退して、海岸近くの小さな村に住んで、
日が高くなるまでゆっくり寝て、 日中は釣りをしたり、
子どもと遊んだり、奥さんとシエスタして過ごして、
夜になったら友達と一杯やって、ギターを弾いて、
歌をうたって過ごすんだ。 どうだい。すばらしいだろう」

 

このコピペを思い出した。

 

漁師と億万長者の話で得るべき教訓は間違っている - 常夏島日記

このブログから引用したんだけど、この記事を読んでへこんだ。

 

もし、だけどさ。

もし、死ぬのが怖くない世界だったらどうなるのだろう。

いい頃合いになったら、自殺するの。

薬を飲んで眠るように死ぬの。

まるで引っ越しみたいに簡単な別れの挨拶をして

それから死ぬ。

そういう世界だったら、もっと楽に生きられそうだし

もっと楽に死ねそうだ。

 

生きなければならないという強迫観念が

人生を不幸にしているのかもしれない。

死んでもいいし、死ななくてもいい。

そんな世界は気楽なのだろうか。

 

とは言え、今の世の中で安楽死を可能にすると

「生きる価値のないクズは死ね」と

過激派に責められるので

安楽死を認めるのは難しいと思う。

 

安楽死のできる国 (新潮新書)

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僕は安楽死賛成派なんですけどね。

でも、今の世の中の風潮は怖いです。

障害者を殺したり、透析患者を自己責任にしたり

元からこうだったのか、それとも今が特別なのか分かりません。

でも、完全自殺マニュアルの理念と同じように

(この本は読んだことはありませんが)

いつでも死ねるということが、安心につながるように思います。

 

もちろん、死ななくてもすむような社会にすべきですし

避難所をつくるべきです。

でも、人間はいつか死ぬのだから

死ぬときに、寂しい思いをしないですむようにしたいです。