読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ペンドラゴンの思索

市井の哲学、生きることは考えること

「外から流れてくる数字や言説」を疑うことは良いこと

 

ブコメツイッターのリプライを読むとそれに引きずられてしまうので

見ずに書きます。

 

おそらく、「それは科学じゃない」というツッコミばかりでしょう。

なんとなく分かります。

しかしイケハヤ氏が言わんとすることも、分からなくもないです。

鶏小屋のコピペを思い出します。

 

あるニワトリ小屋で、飼育員が毎日、
エサを決まった時間に同じ量だけを与えていた。
飼育員は、非常に几帳面な性格だったらしく、
何年間も正確に同じことをしていた。
さて、小屋の中のニワトリたちは、
なぜ、毎日 同じ時間に 同じ量のエサが放り込まれるのか、
その原理や仕組みをまったく想像しようもなかった。
が、とにかく、毎日、決まった時間に同じことがおきるのだ。
いつしか、ニワトリたちは、それが「確実に起きること」だと認識し、
物理法則として理論化しはじめた。
そして、その確実な理論から、関連する法則を次々と導き出していき、
重さや時間の単位も、エサの分配についての経済や政治の理論もすべて、
毎日放り込まれるエサを基準にして行われた。
それは妥当なモノの考え方だ。
だって、それは「確実に起きること」「絶対的な物理法則」なのだから。
しかし、ある日、ヒネクレモノのニワトリがこう言った。
 
「でも、そんなの、明日も同じことが起きるとは
 限らないんじゃないの?」
 
そんなことを言うニワトリは、他のニワトリたちから袋叩きにあう。
 
「ばぁーか、なに言ってんだよ。いいか? この現象はな、
 この世界ができてから、ずーっと続いているんだよ。
 何十代も前のじいさんが書いた歴史書を読んでみろよ。
 それからな、この現象をもとにして書かれた理論、
 学術論文を ちゃんと読んでみろよ。
 みんな、矛盾なく成り立っているだろ?
 それに、実験による確認だって、きちんとされているんだよ!
 それを何の根拠もなく疑うなんてな。
 そういう無知から、擬似科学やオカルトが始まるんだ。
 おまえは、もっと勉強した方がいいぞ」
 
しかし、ある日、不況の煽りをうけ長年働いた飼育員がリストラとなり、
ニワトリへのエサやりは、ズボラなアルバイトの役目となった。
次の日、ニワトリたちが、
何十代もかけて構築した科学のすべては吹っ飛んだ。

 

科学とは前提条件が正しいとして、積み重ねていく。

前提条件が崩れたら積み重ねも全部崩れる。

 

togetter.com

 

エセ科学とはちょっと違うけど、論文の読み方のtogetter

巨人の肩の上 - Wikipedia

現代の解釈では、先人の積み重ねた発見に基づいて何かを発見することを指す

 

下記はすごく納得させられたツイート。

 

 

 

「分からない。」という答えを出すのも重要。

 

science.srad.jp

 

「我々は科学を歴史と同様に、実践からではなく読んで記憶することにより学ぶ。 原子とは何なのかということや、ヒッグス粒子が非常に重要なものだということを本当に知っているのか。それとも誰かがそう言っていたから、そのように受け止めているだけなのだろうか。」

 

僕がヒッグス粒子を疑っても、それを再実験することはできない。

僕は科学者を信じるしかない。

 

snowymoon.hateblo.jp

 

良い記事だけど、どこを引用していいか分からないので

全文読んで欲しい記事です。

 

科学が「信じる宗教」ではなく、「疑う宗教」であることです。

 

そういう意味では、イケハヤ氏は周りの意見を疑っているわけです。

 

大学の教授が授業で「100回同じ現象が起きても、101回目には違う現象が起きるかもしれない。」みたいな話をしていて記憶に残っています。100回同じことが起きたら、それが全てだと思ってしまいがちです。

 

world-fusigi.net

 

科学は根拠があるけど大半の人はその根拠を説明できるわけでも実際に再現できるわけではないから信じてるだけの宗教と変わらないという考えは出来る

 

科学を疑うことはできる。

でも、一般人には証明はできない。

 

中学か高校の現代文の模擬テストで、「電車が魔法で動くと信じていても生活になんら問題ない」という文章があった。他に何が書いてあったか忘れたけど、その1文は印象に残っている。もちろん、細かい言葉遣いは違うのだろうけれども。

 

科学についてのリンクを色々羅列してみました。

以前、まとめた記事を書いたな~と思って探してみたら

ぜんぜんそんな記事が見つからなかったので、改めてまとめました。

 

今回の件について僕の意見は、科学は疑うことなので、「外から流れてくる数字や言説」を疑うことは良いことだと思います。しかし、自分は絶対に正しいと思うことは、科学的ではないと考えます。自分のことも疑って、科学的になれると思います。

 

疑似科学入門 (岩波新書)

疑似科学入門 (岩波新書)

 

 

この本も欲しい。