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ペンドラゴンの思索

市井の哲学、生きることは考えること

性格の悪い人は死んでもいいのか、助けるべきか

感動ポルノというタグを作ってみたけれど

差別というタグに変えたほうがいいのかな?

 

kutabirehateko.hateblo.jp


 

難しすぎて、あんまり理解できない。

 

格差や差別を無視するときにやりがちな言動 - はてこはときどき外に出る

>好かれるということと対等であるということは違う。←ハッとさせられた。

2016/09/04 01:17

b.hatena.ne.jp

 

犯罪者にも人権はあるし、法によって裁かれるべきだと思う。

そういうことを言っているのだと思う。

乙武さんが不倫したのがいくら許せなくても

彼の生活を誰かが補助しないといけない。

性格が悪い奴は死ね、という社会になる。

いや、すでになっているのかも。

 

 ・支援が必要なら我々が望む生き方をすべき(選り好み)

・素行が悪い、言動がキモイ、生活習慣が異質だから支援しない(選り好み)

・期待を裏切られたから支援はやめる(選り好み)

 

これらはすべて差別と格差の構造を解消することではなく、感情的な理由から個人的な支援をすることを目的としている。推しメンのCDを買い、好みの役者におひねりを投げる感覚。パトロン気分で私生活に口出ししたがるようになる。こうなった人は相手を自由意思を持つ対等な人間とはみなさなくなり、差別の構造は深まる。

 

よくわからない。

 

貧困報道を「トンデモ解釈」する困った人たち | 「貧困報道」は問題だらけだ | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

面倒くさいならまだしも、当事者の中には社会や対人関係の中で濃厚な「加害者の像」を持つ者も少なくない。「なんとか力になりたいんです」とアプローチした結果が、夜中にLINE100本とか、それで突き放したら「だましたな呪い殺してやる」の呪詛に転じたり、ふと気づいたら財布を持ってドロンだとかといったことは、貧困者支援の現場ではよくあること。

 

だからこそ支援者には専門性が必要なわけで、一方でその「かわいそうバイアス報道」が当事者を失望させるだけの安易なアマチュア支援者やにわか支援希望者を量産してきたとすれば、僕のこれまでの著作は「害毒」と言っても過言じゃないだろう。

 

さて、ここまでこの長大な駄文にまじめにお付き合いいただいた読者には、きっと混乱の中にこんな疑問が惹起しているのではないかと思う。

「そもそもそんな面倒でまずい人たちだったとして、なぜ貧困者をそのままにしてはいけないのか」

「限られた財源の中で、どこまで助けるべきなのか」

 

性格が悪い人は死んでもいいんじゃないかな?

もちろん何をもって性格が悪いと判断するかによるけど。

ヘイトスピーチを繰り返す人が死に瀕していても

助けようとは思わない。

実際、目の前で死にそうになっていたら助けてしまうかもしれないけど

目の前じゃなきゃ、助けないと思う。

もちろん、今までの言説を悔い改め改心するなら話は別だけれども。

 

差別について理解するには数年はかかると思う。

考えるのは疲れるので、あんまり考えたくもないけど

でも、やっぱり考えてしまうのです。

 

ありときりぎりす―イソップものがたり (はじめてのめいさくしかけえほん)

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