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ペンドラゴンの思索

市井の哲学、生きることは考えること

感動ポルノ批判と闘うと大変

それは果て無き闘いだった。

終わりはなく、終わるつもりもない。

無数に湧き続ける憎悪。

この身体も、すでに憎悪に蝕まれている。

憎悪を狩る者は、いずれ憎悪に飲み込まれる。

それが宿命だったのだ。

今となっては、もはや戻ることはできない。

この暗闇に身を沈めるだけだ。

 

感動ポルノ批判を批判していて、妙な既視感を感じた。

とてつもない疲労感と徒労感を感じた。

この感覚を知っている。

 

互助会批判を批判したときに酷似していた。

俺の気に入らない物を排除したい。

そんな身勝手な憎悪を相手にした時に感じたものだ。

これは手に負えない、むしろ相手にしてはいけない。

それはもはや論理を超越してる。

正義の皮を被った悪である。

 

コメントを色々見ていて、感動を押し付けるものはいらないという

不思議なコメントを見つけた。

感動ポルノという言葉のせいだろう。

オリンピックも感動だから中止?

オリンピックは感動を強要しているので中止すべき。

あるいは特番を放送してはいけない。

新聞のはじっこに小さく記事を載せる程度でいい。

感動させることは罪である。

 

それでいいの?そんな社会でいいの?

社会から感動を排除したら何が残るのだろう。

人は物語に惹かれるものだ。

その涙にその汗に共感を覚え、我もそう在らんと欲する。

それはいけないことだろうか。

 

障害者は「感動ポルノ」として健常者に消費される--難病を患うコメディアンが語った、"本当の障害"とは | ログミー[o_O]

まあべつにいいけど感動も消費も否定して何が残るというのかというのはある

2015/01/17 09:33

b.hatena.ne.jp

 

感動を禁止にしたい人は映画にも文句言ってるからな。

そりゃ行き過ぎだと思う。

 

感動ポルノで検索したらKAZUYA CHANNELがヒットした。

あ~あ、こうなると思ったよ。

ほら、愛国者様に見つかってしまった。

24時間テレビを良くしようなどと思わない人の材料になってしまった。

改善ではなく廃止したい人の恰好の攻撃の機会になった。

 

24時間テレビを批判するのではなく

24時間テレビ以外の番組が増えないことが問題なのだと思う。

24時間テレビ以外のチャリティをいくつ思いつくだろうか。

 

障害者は「感動ポルノ」として健常者に消費される--難病を患うコメディアンが語った、"本当の障害"とは | ログミー[o_O]

メガネのようになれたらいいね。視力が悪いのは古代なら狩りに出なれないとかで致死の病気だっただろうが、現代はメガネをかければ普通に生活できるし、メガネをかけていることを誰も差別したりしない。

2015/01/17 02:32

b.hatena.ne.jp

 

残念ながら、ハゲ、デブ、ブサイクの類になると思う。

芸人がそれをネタにして金を稼ぐ一方、笑われたくない人まで笑われる。

一般人は芸人じゃない。馬鹿にされても金は入らない。

そんなことになるのなら、いっそ感動ポルノで覆い隠した方がマシ。

馬鹿にされ笑われるより、同情された方がずっとずっとマシ。

いじめがなくなることはない。

絶対にない。そんなことは在り得ない。

だったら感動ポルノでも何でも、弾避けの盾が必要だと思う。

 

障害者は「感動ポルノ」として健常者に消費される--難病を患うコメディアンが語った、"本当の障害"とは | ログミー[o_O]

障害に限らず、自分より恵まれてない何かをみて、自分が恵まれてると安堵するような思考にならないように気をつける。

2016/08/30 02:37

b.hatena.ne.jp

 

日本人に生まれて良かった。ってか?

 

製作者の意図はともかく、見る人の心まで制限するのは好きじゃない。

同情といってもそこには複雑な思考と感情があるのだ。

本当に100%お情けで感動しているのだろうか。

 

障害者は「感動ポルノ」として健常者に消費される--難病を患うコメディアンが語った、"本当の障害"とは | ログミー[o_O]

「生きてるだけで褒めてくれるbot」なるものが流行っているけど、障害者は健常者の方々から生きてるだけ褒めてくれる扱いを受けているような感じっすね。求めていないのならさぞかし迷惑だろうな

2016/07/29 07:59

b.hatena.ne.jp

 

生きてるだけで、価値がある。

もちろん努力した人には功績ができる。

価値と功績は違う、と思う。

 

ibaya.hatenablog.com

 

 

障害者は感動ポルノとして健常者に消費される - ログミー

健常者が良い気分になれるように、障害者をネガティブな存在としてモノ扱いしています。自分の抱えている問題が大した困難ではないと、違う角度から見られるようにするためです。

 

他者との比較をやめるというのは、アドラー心理学でも言われている。

 

 ええ。誰とも競争することなく、ただ前を向いて歩いていけばいいのです。もちろん、他者と自分を比較する必要もありません。

 

 知識や経験の量、それからとれる責任の量については、違いがあるでしょう。靴の紐がうまく結べなかったり、複雑な方程式が解けなかったり、あるいは問題を起こしたときに大人ほどの責任がとれないかもしれない。しかし、そんなもので人間の価値が決まるはずもありません。わたしの答えは同じです。すべての人間は「同じではないけれど対等」です。

 

今回はここまで。

 

桃ノ木坂互助会 (徳間文庫)

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