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ペンドラゴンの思索

市井の哲学、生きることは考えること

職場で雑談する意味ってあるの?それ、アドラー心理学で答えます!

愛とはすなわち共同体感覚である。

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

 

人は所属感を満たそうとする。

これは承認欲求に似て非なるものだ。

承認欲求は他人に認められないと意味が無いが

所属感は自分が共同体に貢献できている

自分には価値があると思えればそれでいい。

 

承認欲求はスターが欲しい、ブクマが欲しいと嘆くことだ。

しかし、所属感はそうではない。

アドラー心理学では所属感を共同体感覚と表現する。

共同体感覚を持っていれば

読んでくれる人のために記事を書こうと思うことだ。

 

ブクマが欲しいから記事を書くのではなく

他者貢献のために記事を書くのだ。

そして、実際に貢献できたかどうかは関係ない。

貢献感こそが幸福を感じることができる。

そして貢献感があるからこそ、自己受容ができる。

 

自己受容とは今の自分を受け入れることだ。

本当の自分はこんなものではない、と思うのではない。

できないなら、できない自分を受け入れて

どうやって向上するか考えればいい。

アドラー心理学では他人と比べることは否定するが

自分自身を成長させることは否定していない。

 

そして他者貢献のためには他者信頼が必要になる。

そもそも信頼できなければ、貢献できない。

他者を信頼するには、横の関係を築く必要がある。

縦の関係を築いてしまうと、横の関係は築けない。

 

友達でさえ縦の関係になってしまう。

A君は人間が出来ているから大事にしよう。

B君は怠けものだから、約束を破ってもいいや。となる。

全ての人間を横の関係で考える必要がある。

例え、会社の上司や社長であったとしても。

 

なれなれしく話しかけることを意味しているのではない。

意見することを躊躇う必要がないという意味だ。

上司が明らかに間違ったことを言っているのなら

それに反対する必要があります。

もし、それで上司が不快になっても

それは上司の課題なのであって、あなたには関係ありません。

課題の分離をしなければなりません。

 

課題の分離は人間関係のスタートであり、

共同体感覚が人間関係のゴールです。

 

ここまで考えると、職場での雑談の意味も分かってきます。

それは相手を知るためです。

そして、話すことでストレスも解消されます。

それは、雑談をすることで

ここにいてもいいんだという自己受容をし

他者信頼をし、他者貢献をすることになるからです。

 

ところで、ブログというのは面白いもので

年齢や性別が分かりません。

だからこそ、実際に会えば仲良くなろうと思わない人でも

ネットを介してなら、知り合いになれます。

本当は筋肉隆々の入れ墨を入れてサングラスをかけた

強面おじさんかもしれなくても

ネット上なら、仲間として見なすことができ、他者信頼できます。

 

共同体感覚を身につけるとっかかりになるかもしれません。

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え