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ペンドラゴンの思索

市井の哲学、生きることは考えること

自己責任の線引き

 

自己責任の基本原則

 

・知識があること(知識を学ぶ環境にあること)

・回避できる環境にあること

 

この2つが満たされた場合は、 自己責任になる。

そうでない場合は社会責任なので、社会が救済すべきである。

 

貧困の場合

知識がない場合が多い。

どうやったら貧困から抜け出せるか知らない。

一生懸命働く以外に答えを知らない。

違う方法を探そうという発想がない。

 

パソコンを使えな人と同じ。

インターネットで調べるということを知らないと

調べようがない。

 

togetter.com

 

貧困から抜け出す知識があっても回避できない場合

うつ病で動けない。

病気、障害等。

家庭環境。

 

非正規雇用

・勉強できる環境にある

・景気に影響されるので回避不可能

 

勉強できるかどうかは難しい。

疲れてくたくたなのに勉強したくない。

でも、部活で疲れていても勉強する高校生もいるのだから

できないことはない。

スキマ時間を使おう。

 

景気か良くなった時に、正社員になるか。

景気のいい業界に入るか。

もちろん年齢が高くなるにつれ難しくなるし

未経験の分野だと採用されない。

 

景気が悪いのを回避可能な環境と判断する人もいる。

就職氷河期でも就職できた人はいる。

フリーターなのは甘え、という論理。

ここは、景気は予測不可能であって

努力とは無関係であることを主張しないといけない。

 

若い時に遊んでいて、現在貧困になっている場合

・知識を学ぶ環境にあった

・収入が良い時期があった

 

所謂、アリとキリギリスのキリギリス。

自己責任の範囲内である。

生活保護を切れとは言わないが、

生活保護を受けながら慎ましく暮らしてほしい。

 

イスラム国人質事件

・危険であることは知られている。

 政府からの通達もあった。

・回避可能

 行かないという選択肢もあった。

 

これが例えば、家族を人質に取られていて助けに行った

というのであれば、回避不可能という状況になるだろう。

赤の他人を命がけで助けることを理解できる人は少ない。

そもそも、その助ける人間が自己責任の範囲内にあるので

助ける動機がないのだから。

 

「責任」はだれにあるのか (PHP新書)