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ペンドラゴンの思索

市井の哲学、生きることは考えること

ヨースケくん

ヨースケくん―小学生はいかに生きるべきか (for Boys and Girls)

 

児童書を書評できるのか、問題である。どんなに批評しても読書感想にしかならないのではないかと思う。そもそも批評と感想の違いもあまり分かっていない。誰かに紹介するつもりで書いているのか、自分の感想を書いているのか、いまいち分からない。このブログもそうだ。誰かに見てもらおうと思って書いているわけではない。しかし、誰にも見られないのであれば、ブログを書こうとは思わない。

 

誰かに見て欲しいと思いながらも、自分の好きなように書きたいという欲求を満たそうとしている。非常に自己中心的である。しかしブロガーとは得てしてそういう生き物なのかもしれない。

 

さて、この本は小学生向きの本なので、一日で読んでしまう人もいるかもしれない。しかし、私は2日にわけて読んだ。途中で飽きたから。でも、面白くないという訳でもない。小学生の時は気づかなかったが、著者は小学生をよく観察している。著者はずっこけ三人組シリーズで有名な那須正幹さんだ。彼は子供が4人いるらしい。もっとも今は大人になっているはずだ。

 

大人が子供目線の本を書くのは難しい。いくら自身も経験したとは言え、もう何年も前のことだ。すっかり忘れてしまっている。本を書くには子どもを観察するしかない。この本は本当に細かく書かれている。これは著者に子どもがいるから書けるという話ではない。いくら子育てしていても上から目線で教育していては気づかないことだらけだ。これは著者が子どもの目線にたって、物事を考えているからこそ、この作品が書けるのだ。

 

相手の立場になって考える。そういう言葉はよく聞かれるが真に相手の立場になることは不可能だ。結局、人はどこまで行っても自分を中心にしか考えられない。それでも、相手を理解するには、知ることが重要だと思う。自分勝手に相手の立場を想像しないで、まずは知ること、話を聞くこと。それでも理解できない部分はあるだろうけれども、そうすることで自分の世界も広がると思う。

 

新しいアイデアとは既存のアイデアの組み合わせにしか過ぎない。自分だけの個性というものも存在しえない。新しい何かを取り入れることによって、その組み合わせによって自分が出来るのだと思う。

 

ヨースケくん―小学生はいかに生きるべきか (for Boys and Girls)

ヨースケくん―小学生はいかに生きるべきか (for Boys and Girls)