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ペンドラゴンの思索

市井の哲学、生きることは考えること

国家は国民の生命を守る義務があるのか、自己責任論を考える

この記事は2016年6月11日に書いたものです。

下のBLOGOSの記事が話題になったので

日付をいじってTOPに持ってきました。

 

blogos.com

 

 

国民を健康にするために、運動と瞑想を強制させる社会は良い社会でしょうか?

自己責任、自業自得、そして自由。

もっと考える必要があると思います。

 

 

自己責任の線引き

ISに日本人が拘束された事件がありました。そこで自己責任論が非難されています。それが僕にはどうにも理解できません。どこまで自己責任なのか。太るのは食べた人が悪い。マクドナルドは悪く無い。なら原発は誰が悪い?原発が危険であることを予測して、引っ越しをしなかった人が悪い?登山はどうでしょう。危険を予測して無理な登山をしないのは正しいと思います。この辺の微妙な線引が難しいようです。

 

生活保護を受ける人は怠け者でしょうか。努力をしなかった自己責任?何もかもを自己責任で切り捨てるのはやり過ぎのように思います。しかし、全部を全部引き受けるのも無理があります。転職に失敗したからといって、イケダハヤトさんを訴えても裁判で勝てないでしょう。無理やり退職させられたのではなく、自分の意志で退職をしたのですから。会社の帰りに酒を飲んで自転車に乗って、こけて骨折した場合に労災はおりるのでしょうか?

 

予め責任の範囲を決めておけば問題ないのでしょうか。ブログやサイトでは免責事項を作っています。企業もそうです。ある程度は責任の線引きが出来そうです。

 

もし、すべてが自己責任になったら

殺された方に責任があることになります。殺されないように避けることもできます。なのに注意を怠ったせいで殺されました。殺されない努力をしていれば、殺した人は犯罪者にならなくて済みました。

 

もし、自己責任がなかったら

もし自己責任がない世界だったら、彼女ができないのも社会のせいですし、勉強ができないのも社会のせいです。株で失敗したのも社会のせいですし、泥棒してしまったのも社会のせいです。(本当は盗みたくなかったのに。)いじめてしまうのも社会のせいですし、いじめられるのも社会のせいです。

 

なぜ自己責任について考えるのだろうか

どうしても 納得できません。ISによる邦人人質は世論は8割が自己責任だと回答しています。私も世論と同じ考えなのに納得できずに、モヤモヤしています。なぜでしょうか。何が気に食わないのか分かりません。たぶん、ISに拘束されて身代金を要求されることは公共の福祉に反するのではないか?ということなんだと思います。検索しても自己責任論は悪、というページばかり出てくるし貧困と絡めて書いている人ばかりです。貧困と人質は全然違います。

 

犯罪教唆 

おとり捜査は何故禁止なの?

【幇助犯・教唆犯|犯罪の手助け・そそのかしだけでも犯罪になる】 | 刑事弁護 | 東京・埼玉の理系弁護士

被害者を批判するのは、なんだかおかしい気もしますが犯罪教唆になるから、批判したくなるのかもしれません。痴漢されるのは、露出の高い服装をしているからだ。みたいな。シリアに行かなければ誘拐もされません。わざわざ犯人を刺激させたので、仕方ないと考えてしまいます。

憲法第31条〔法定手続の保障〕
何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
刑法第61条(教唆)
人を教唆して犯罪を実行させた者には、正犯の刑を科する。

 

国外の事案に国内法を持ち出すのも、ばかばかしいですけど。一応。

 

「おとり捜査により被告人が覚せい剤所持犯人として検挙されたものであっても、かねてからよい客があれば
覚せい剤を売ろうとして所持の犯意を有していた者に、その現実化および対外的行動化の機会を与えたにすぎず、
当該状況下では捜査上必要な措置であったと認められるときは、適正手続条項に違反する措置であるとはいえない。」
(東京高判昭57・10・15判時1095-155)(東京高判昭62・12・16判タ667-269)

要するに、「犯罪を積極的にそそのかしたんじゃなくて、もともと犯罪をしようとしていた人に機会を提供しただけだよ」
ということみたいですが個人的には、結論が先にあってのこじつけに過ぎないと思います。

 

被害者が加害者になる 

被害者が加害者でもあるという意味では、ブラック企業に働く社員にも言えます。誘拐被害者は加害者というのは無理があるけれども。話が脱線しているような気がするが、必要な遠回りだと思って書いておきます。

 

anond.hatelabo.jp

 

ブラック企業社員は失業者とカウントすべき - 分裂勘違い君劇場の別館

逆だよ、ブラックの社員はダンピング犯罪者なので逮捕すべき。サビ残は重大な犯罪。サビ残を見つけ次第逮捕して牢屋にぶち込むべき。ブラック企業はブラック社員が居なければ成り立たない。元から絶たなきゃダメ!!

2014/09/12 21:11

 xevraさんのコメントです。彼は自己責任論者ですけど、完全な自己責任論者でもなさそうです。本当の自己責任論はそうなったのは自業自得、勝手にうつ病になれば良いと考えます。逮捕を求めるあたりは彼の優しさが見えます。

国益と人命

ケースバイケースです。心臓病の手術のために国から費用を払うなら、まだ理解できます。実際には募金で集めているのが現状です。でも身代金は理解できません。日本で拉致されたのなら国に責任はありますが、危険だと警告されている場所で捕まったのなら、自己責任だと思います。

 

第9回 「公共の福祉」ってなんだろう?

人命より重い国益とはなんなのか?とこのサイトでは書かれていますが、やはりそれはケースバイケースなんじゃないでしょうか。そんなことを言い出せば、医療費は国が全額負担することになります。あるいは、健康のために食事や運動を強制させられることになります。

 

瞑想と運動を強制させられるなんてまっぴらごめんだ!

 

なんか、タバコをやめるように家族に言われて、反論する父親みたいな言い訳になってしまいますね。瞑想はともかく、運動は健康にいいんだからした方がいいと思います。分かってはいるのだけれども難しいのです。

 

モヤモヤするのはもしかすると、生活保護受給者を叩く低所得者の気持ちと同じなのかも知れません。もし人質を助ける義務があるのなら、政府は私も助ける義務があります。でも私は救われていません、だから人質も救うべきではない。みたいな。なんだか滑稽であると同時に惨めでもあります。違う気がします。認めたくないだけなのでしょうか?

 

国家は国民の命を守る義務があるのか

あるなら病院は無料になりそうです。軽い病気や怪我は自己負担でもいいかもしれませんが、死に至る場合は、政府が全額負担しても良さそうです。なぜそういう議論にならないのでしょうか。交通事故も問題です。これは車は人間が扱うには無理があると思います。いったいどれだけ多くの人間が車に殺されたら気が済むのでしょうか。

 

片方で人命の尊さを叫びながら、片方で人が死んでいるのを黙殺しています。考えれば考えるほど、ややこしくなってきます。 

 

自由はどこまで可能か=リバタリアニズム入門 (講談社現代新書)

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