読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ペンドラゴンの思索

市井の哲学、生きることは考えること

書評 途中まで 「責任」は誰にあるのか

「責任」はだれにあるのか (PHP新書)

 

子供には人権がない。という言葉が本書を3分の1ぐらい読み進めた部分に出てくる。たしかに、子供には責任が取れない以上ある程度の権利の制限はあってしかるべきだ。私は子供に人権はあるが、制限されているという考えだ。

 

制限されているのと人権がないのは同じである。私は人権に詳しい訳ではないし法律にも無頓着なので、これは無教養者の勝手な妄想だが、子供にも人権を与えるべきだと思う。その上で、一時的に人権は制限されているというイメージを持っている。そうであれば、人権は誰にでもあるという考えを否定しない。

 

と、思いながら読み進めていると、サヨクという言葉が出てきた。著者は教科書検定を通過した公民の教科書を検討する機会があったそうだ。そこで著者が教科書が人権を重視しすぎていると考えたらしい。せめて「人権を拡大解釈するのは良くない」ぐらいに留めておけばよかったのに。

 

googleで検索してみる限り、保守というわけでもなさそうだ。中道というには少し過激すぎるけど。著者は両陣営から叩かれるいばらの立場に立っている。と思うと少しばかり同情心が湧いてくる。頑張れとは言わないけれど、これからどうなるのかは少し気にはなる。たぶんこの本を読み終わったら、忘れそうだけれども。 

 

先日著作権の本を読んだ。

 

著作権とは何か―文化と創造のゆくえ (集英社新書)

著作権とは何か―文化と創造のゆくえ (集英社新書)

 

 権利の話だが、この「「責任」はだれにあるのか」でも権利について書かれている。権利、義務、責任といった感じだ。関連があると思って購入した訳ではなく、別々の考えがあって購入したのだが、こういう繋がりを発見すると少し楽しくなる。著作権の話は途中で退屈になりながらもなんとか読破したが、読んで損はなかったように思える。こうやって関連した本を読むと記憶にも残りやすいし、体系的に理解できるようになると思う。

 

思うだけで、理解していない可能性もある。

 

哲学的なアプローチについて考察する章で、中島義道さんの考えの解説が非常に面白い。人間は自由があるから責任が生じるという考えに反対している。人間は責任を追及したくなる存在だから、自由に選択できるという概念を生み出した。という考え。

 

アドラーの目的論のような因果逆転の発想だ。そもそも責任を追及したいという考えがなければ、責任がどこにあったっていいじゃないかということになる。責任を追及するために、お前は自分の意志でそう行動したんだろ、と決めつけているだけ。なんだと。面白い。 

 

「責任」はだれにあるのか (PHP新書)

「責任」はだれにあるのか (PHP新書)