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ペンドラゴンの思索

市井の哲学、生きることは考えること

日本における安楽死の現状

尊厳死とは延命措置を取らないことを指します。安楽死は薬物投与による措置です。日本では(2014年現在)、尊厳死に関する法律はありません。裁判で条件を満たせば尊厳死が認められています。安楽死は認められておらず犯罪となります。日本には尊厳死協会がありますが、彼らは安楽死は認めていません。協会は尊厳死の法制化を目指しているようです。

 

現在では、裁判になる可能性があり処置を施す医師に負担が掛かります。その為、法制化により尊厳死を明文化することによって医師の負担を軽減する必要があります。私は安楽死を求めているので、尊厳死だけでは不十分だと考えています。しかし、尊厳死を飛ばして安楽死の認可はありえないので順序としてまずは尊厳死の法制化をすべきだと考えます。

 

安楽死について動画をつくろうと考えたが、知識が全然足りてなかったので作れなかった。もう一度「安楽死の出来る国」を読みなおそうと思います。その前に軽く尊厳死安楽死の違いを説明しておきます。

尊厳死を保つための手段のひとつとして、苦痛から解放されるためにペインコントロール技術の積極的活用が挙げられる。無意味な延命行為の拒否については、実際に死を迎える段階では意識を失っている可能性が高いため、事前に延命行為の是非に関して宣言するリビング・ウィル(Living Will)が有効な手段とされる。

末期がん患者など治癒の見込みのない人々が、クオリティ・オブ・ライフ(Quality of Life、QOL)と尊厳を保ちつつ最期の時を過ごすための医療がターミナルケア(Terminal Care、終末期医療)である。

生存権を脅かしかねないものとして尊厳死を警戒する立場の人もいる。森岡正博は、尊厳死を望む根底は「生産性のある人間のみが生きるに値する」という価値観だと指摘している[要出典]。 「安楽死尊厳死法制化を阻止する会」という市民団体は、尊厳死という名のもとに、殺人自殺幇助が一般化する可能性があると主張している。

2014年10月6日、末期の脳腫瘍と診断されたアメリカの29歳の女性が動画投稿サイトで「11月1日に服薬で死ぬ」と予告し、予告通り11月1日に死亡した。女性は尊厳死が合法化されているオレゴン州に移住し、医師が処方した致死量を超える鎮痛剤を服用し、自宅寝室で家族らと穏やかに最期を迎えたという。これを受けて、インターネット上では尊厳死を巡って賛否両論が交錯した[1][2]。               wikipediaより

この項目だと治療を止めるのも、服薬するのも尊厳死になってます。日本尊厳死協会では延命治療の中止が尊厳死で服薬による死が安楽死です。

 

日本尊厳死協会

 

私達に出来ることはなんでしょうか。動画を作るにあたっては個人で何が出来るかまで考えてから作成します。

 

新潮75 2013年 11月号 [雑誌]

新潮75 2013年 11月号 [雑誌]

 

 持ってるけど読んでないです。

 

安楽死のできる国を読書中だが、一般的に言われている尊厳死安楽死はネットで求められている安楽死とはかなり乖離している。現在、日本で推し進められているのは病気によって

心身ともに苦痛である患者の延命治療を中止することであって肉体は健康だけど、死にたいという人向けではない。

 

尊厳死は死以外に解決方法がない場合に行うもので、寂しいから死にたい、という理由は他に解決手段があるので実際に認められるのはありえないのではないだろうか?安楽死についてまとめて、いずれ日本でも安楽死が出来るようにしようと、私は考えていたが、考え方を改めようと思う。

 

安楽死施設を作るとか、安楽死法案を作るとかそんな努力をするぐらいなら自殺防止をもっと強化すべきだと思う。日本の自殺原因の1位は健康問題、2位は金銭、ネットで言われてる精神的なものは健康問題に入るかどうかは怪しいものだ。しかし、自分で自分の世話が出来なくなったら死にたいという人はかなりいるはずである。

 

食事や排泄を他人に頼むのは私も遠慮したい。何より他人に迷惑をかけて、そこまで生きていたくない。若者の安楽死を認めるのは殺人とほぼ同義だと思うが老人の場合は病気や怪我をするまえに、自死という選択をするのは悪くないと思う。

 

NHKでも若者の自殺を取り上げていたが、やはり問題解決に安楽死を提供するのは早計のように思う。互いが互いを思いやれば彼らは死なずに済むのだから。たったそれだけ。本当はそんなに難しい問題ではない。