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ペンドラゴンの思索

市井の哲学、生きることは考えること

怒れない

怒れない。僕は怒れない。馬鹿にされてもいじめられても怒れない。何でこんな性格なのかは分からない。怒りという感情がない訳じゃない。反撃可能だと思った場合は怒りになり、反撃不可能だと判断したら恐怖になるのだと思う。僕は自分に自信がないから、怒りより恐怖を感じることの方が圧倒的に多い。

 

恐怖で人は行動できない。怒りは行動に変えられる。恐怖によって世の中を変えることはできない。むろん、恐怖政治という方法はあるが、それは相手に恐怖を与えることで、自分が恐怖を感じることで行動する訳ではない。怒りは行動する。暴力は分かりやすい。そこを抑えて言葉で攻撃する人もいる。もっと怒りをコントロールできる人は論理で戦う。

 

怒っちゃいけない。ずっとそう思ってきた。いつからか分からない。ただ怒ることはいけないことだと思っていた。なぜかは分からない。ただ怒らなきゃいけなかった。怒るべきだった。なんでもかんでも自分のせいにして、自分が悪いことにして、それで解決したと思っている。それは解決ではなく泣き寝入りなのに。

 

いじめられた方が悪いといじめられた本人が思っているのだから、どうしようもない。なんで馬鹿にされたのに、仕方ないと思っているのか。怒っても仕方ない?争いを生むだけ?闘えとは言わない。ただ、自分を責めるのは間違っていたと思う。勝てない相手に戦いを挑んでも仕方ない。でも相手を許す必要はなかった。

 

良く分からない道徳や宗教や自己啓発は許せと言う。許した結果がこれだよ。たぶん僕は許せてないのだろう。許せないのだから許す必要なんてないんだと思う。社会は変えられる。変えられる。変えてきた人はたくさんいる。なんで変えられないと思ったのか。特定の人間の考えは変えられない。でも不特定多数の考えは変えられる。

 

とにかく怒ること。たとえそれが論理的でなくても。それが個人的な怒りであっても。とにかく怒ること。社会的に意義がなくても。誰からも理解されなくても。怒らなければならない。怒らなければ歩き出せない。

 

怒れない人は損をする!: 人生を好転させる上手な怒りの伝え方