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ペンドラゴンの思索

市井の哲学、生きることは考えること

他人を幸せにすること アドバイス罪の是非

アドバイス罪についてもう一度書く。今回は他人を幸せに出来るかどうか、という問いについて考えていきたい。「お嬢さんを必ず幸せにします。」なんて今どき言うかどうか分からないけれども、そんな台詞を耳にしたことはある。実際にはないけど。ドラマとかならある。でも、幸福とは誰かに与えられて満足できるものなのだろうか?ありあまるお金があれば人は幸せになれるのだろうか。

 

お金の話を持ち出すと論点がずれてしまう。今回は他人を幸せにする方法について考えていきたい。幸福とは気づくものだと思っている。どれだけ周りの人間が準備しても気づかなければ、幸福にはなれないと思う。「親になって分かる親の偉大さ」なんて言葉があるかどうか知らないけど、似たような言葉は聞いたことがある。

 

気づかなければどれだけ与えられても無意味だと思う。気づくことが出来れば、どんな環境でも幸福になれると思う。「足るを知る」。今、ここに生きている、ご飯を食べられることを感謝できるようになれば、きっとこの先、何が起こっても幸福でいられると思う。生きていることが幸福なのだから。

 

あいての為を思ってアドバイスしても届かないこともある。自己満足の為にアドバイスしても相手が受け入れる場合もある。親は子供のためを思って大学に行かせる。子供がYouTuberになりたいと言っても、反対する。あるいはライトノベル作家になりたいと言っても反対する。どうしてもなりたいのなら、計画をきちんと立てろと脅す。

 

子どもの幸せとはいったい何なのか。親の幸せとは何なのか。そもそもアドバイスできるほどの知識を持ち合わせているのか。起業について以前調べたことがある。勝間和代氏が「相談するなら起業で成功した人に相談するべき。次は失敗した人。起業したことない人に相談するのはおかしい。」という意見を見た。

 

アドバイスには色んな種類がある。自己満足のために相手に教えてやる場合もある。本当に相手のことを思って、アドバイスする場合もある。でも結局、受け取る側が準備できていなければ無意味だし、準備できていればアドバイスが不要の場合もある。「気づかせる」というのは難しいと思う。

 

苦労して始めて気が付くことが多いと思う。ぬるま湯に浸かったままでは、分からないことが多いのではないか。「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」ではないが、死に至る場合でなければ、何があっても手を貸さないというぐらいの覚悟が必要なのかも知れない。

 

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