読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ペンドラゴンの日記

考えたことを文字にすること 記録すること

独身者差別から逃れる方法

シェアハウス

「結婚なんてしなくていい」と言えるのは既婚者だけ:マイノリティを支援する「資格」 - トイアンナのぐだぐだ

 

マイノリティを支援するためには、マジョリティにならなくてはいけない。なぜならマジョリティの無理解な人は「少数派が自分の権利を訴えろ」と言うくせに、いざ少数派が活動をすれば「手に入らない人の負け惜しみga~」と言い出すからだ。

 

現実は非情である。論理的に訴えれば、理解してもらえる可能性は十分にある。理解したくない人には、例えマジョリティが訴えかけても理解しようとしない。だって理解してくないのだから。以前にも書いたけど、議論は同じ考えを持つ同士なら理解を深めることができるが、異なる考えを持つ者同士だと、ただの喧嘩にしかならず、最終的に多数決でしか決着が着かない。

 

独身者差別が存在することを、明示すれば理解してくれる人はいる。無理解の人に向かって話続けるより、理解してくれる人を探した方がいい。

 

既婚者に「結婚しない人生もある」と言われた(愚痴) : 恋愛・結婚・離婚 : 発言小町 : 大手小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 

結婚観の話になった際に、夫婦の夫が
「結婚しない人生もある。なっ、サラダ!」

 

上記の発言を独身者が言ったのなら、ひっかからなかったと思います。
ただ、昨年みんなに祝われて結婚したラブラブの既婚者が言うことではないだろう、と思うのです。

 

学歴でもそうである。「学歴なんて関係ない。東大出てから行ってみたい。」というCMがあった。まさにその通りである。しかし結婚している者が、結婚しない人生の良さを語っても無意味である。あなたは結婚したのだから、結婚しなかった人生のことは分からない。

 

そもそもどっちが良いかなど、誰にも分からないのだ。どっちが良いか考えると言うことは、常に競争の中で生きていて、見下されないようにしながら、相手を見下して生きていかなければならない。ゆとり教育が競争を排除しようとしたのは、こういう無意味な争いをなくすためだ。しかし、人を見下すことを止めさせる方法はないのかもしれない。

 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

 

誰かが始めなければならない。他の人が協力的でないとしても、それはあなたには関係ない。わたしの助言はこうだ。あなたが始めるべきだ。他の人が協力的であるかどうかなど考えることなく。

 

 あなたは先ほどいいましたね?「幸せそうにしている他者を、心から祝福することができない」と。それは対人関係を競争で考え、他者の幸福を「わたしの負け」であるかのようにとらえているから、祝福できないのです。

 しかし、ひとたび競争の図式から解放されれば、誰かに勝つ必要がなくなります。「負けるかもしれない」という恐怖からも解放されます。他者の幸せを心から祝福できるようになるし、他者の幸せのために積極的な貢献ができるようになるでしょう。その人が困難に陥ったとき、いつでも援助しようと思える他者。それはあなたにとって仲間と呼ぶべき存在です。

 

さあ、「無職」「引きこもり」の次は「三十路で独身」が差別される時代が来るぞ - 「変人」は褒め言葉

 

「愛」も「萌え」も定義は広い。 - さあ、「無職」「引きこもり」の次は「三十路で独身」が差別される時代が来るぞ

昔からある年齢以上(だいたい35歳ぐらい)の男ないし女で独身なのはまともな大人とは認めてもらえません

2006/07/09 19:36

b.hatena.ne.jp

 

現実は非情である。しかし、他人と違うことで馬鹿にされるのは今に始まったことではない。かつて、生まれ変われるのならいじめる側に生まれたいと思ったことがある。それを否定するのは難しい。どちらか選べと言われればやはり強者になりたいと思う。まだ私は競争から抜け出せていない。

 

けれど、こんど生れかわるならば、私は日本人に生まれたくはありません。いや、私は人間になりたくありません。牛や馬にも生れません、人間にいじめられますから。どうしても生れかわらなければならないのなら、私は貝になりたいと思います。貝ならば海の深い底の岩にヘバリついて何の心配もありませんから。何も知らないから、悲しくも嬉しくも痛くも痒くもありません。頭が痛くなることもないし、兵隊にとられることもない。戦争もない。妻や子供を心配することもないし。どうしても生まれかわらなければならないのなら、私は貝に生まれるつもりです

私は貝になりたい - Wikipedia

 

生まれ変わったらディープインパクトの子供になって最強になりたい

福岡・中2少年いじめ自殺事件

 

あぁ、なんか重い話になってしまった。

たかが結婚、深く考えることはないのかもしれない。

 

Dot Com Lovers: アメリカのシングル・ライフの実態?

 

私は初めて知りましたが、先週はNational Single and Unmarried Americans Week、つまり、「独身・未婚アメリカ人週間」だったらしいです。結婚という形をとらない人々の選択やライフスタイルを讃え支援しよう、という意図のものらしいのですが、そもそもそんな週が作られるということ自体に、アメリカのメインストリーム社会で結婚が規範となっていることが感じ取れます

 

アメリカが独身者に暮らしにくいと私が感じるのは、このような制度的なことの他にも、日常生活の細かなことが、独り暮らし向きにできていないからです。たとえば、スーパーで食料を買うことひとつをとっても、なにしろ売っているものの単位がやたらとでかい。

 

独身というのは、どこの国でも生きづらいものである。

だからと言って昔みたいに半強制で結婚すべきだとも思わないが。

 

じゃあ、シェアハウスに住めば問題解決じゃん!

シェアハウス わたしたちが他人と住む理由

シェアハウス わたしたちが他人と住む理由

 

 

シェアハウスを訪れた友人に「この暮らしを続けてたら、婚期を逃すね」と言われた時には、ちょっとギクッとした。

 

同居人は万能薬ではないが、それでも人がいるということは大きな安心感や癒しになる。こんな生活に身をおいていると、一人身の寂しさから「あー、結婚したい」とふと思うような、結婚への衝動はほぼなくなる。

 

ここまで記事を書いて、なんか独身でも問題ないように思えてきた。あとはもっとシェアハウスを普及させるだけだ。シェアハウスと聞くと、男女同性してキャッキャウフフのようなイメージが先行しているが、私は終の棲家としてのシェアハウスを作りたいと思う。(実際にはシェアハウスは不動産業なので簡単に事業として手を出せないのが実情である。道は遠い。)

 

結婚しない人が集まって、暮らすシェアハウスがあってもいいじゃないか。

非モテの諸君!集まれ!

 

ちなみに、結婚してもシェアハウスで暮らせるようにもしたいとは思っている。